2007/04/30

4/30_2 ドーニの設備、母船の様子2

ドーニの設備
わたしが滞在していた1990年当時のドーニは、とてもシンプルな造りでした。
屋根と壁とベンチはあるものの、窓は素通しで、風や雨を避ける時は巻き上げ式のシートを下ろしてしのいでいました。

左の画像2点は、当時の面影を色濃く残しているドーニです。
なぜか、左舷側だけシートを下ろしています。




当時は帆を張った屋根のないドーニを見かけることもありましたが、
ダイビング用ドーニはさすがにヤンマー製の3気筒ディーゼル・エンジンを積んでいました。
起動するときは、まずクランクを回し、巻きつけておいたロープを勢いよく引いて手動でかけます。
シリンダーについている小さなレバーにタコ糸を結びつけ、それをエンジン・ルームから船尾の天井まで長く張って、それを引っ張ったり緩めたりしてスロットル代わりにしていました。

大きな木の舵は、足で器用に操作していました。
ドーニは操舵士と、助手の2人で操ります。
彼らは家財道具をベンチの頭上にある吊り戸棚に詰め込んで、船上で生活していました。
夜は床にじかに寝ていたようです。

マンティリに併走しているドーニ(ヴァサンタ号;画像右)はずっと近代的で、前方に操舵室があり、方向舵とスロットルはもちろん、セルモーターも計器も、さらにGPSまでついています。
エア用とナイトロックス用の2機のコンプレッサーを積んでいて、タンクに直接充填できる長いホースを何本も備えています。
工具もひととおり揃っていて、大抵の故障には対応できそうです。




左:GPS
中:Nitroxコンプレッサー
右:工具類






窓にはガラスがはまっていて、雨風を防いでくれます。

ベンチにはタンクを固定するベルトがついていて、揺れても倒れないようになっています。

サファリ中、ダイビング器材はドーニに置きっぱなしにしておきます。

BCとレギはタンクにつけっ放しでした。
それ以外の器材は、カゴに入れてベンチの足下に突っ込んでおきます。
船尾には大きなポリバケツに真水が張ってあり、脱いだウエットをリンスするのに使えます。
ウエットスーツをかけておくハンガーも造りつけのものがありました。

スタッフが本当にこまめに動いてくれて、マスクを洗うための水を洗面器に入れて回ってくれます。
BCを装着する時には、サッと来て手伝ってくれるし、エキジットでラダーを登る時もタンクを持って引っ張り上げてくれるので、本当にお気楽ダイビングです。

何より感心したのは、水洗トイレとシャワー。

5mmのウエットを着るときにシャワーが活躍しましたし、
母船がポイント近くに停泊するのでドーニに乗っている時間は短いとはいえ、
いつでもトイレに行けるのは助かりました。

ところで、モルディブのトイレには、脇に必ずシャワーのようなものがついています。
モル人は、トイレット・ペーパーを使う習慣がなく、水で洗い流しているというのは、本当でしょうか?


そして、他で味わったことのなかったサービスは、エキジット後、毎回洗いたてのバスタオルをひとり1枚づつ配ってくれること。

いままで、モルディブのいろいろなリゾートでドーニに乗りましたが、ヴァサンタ号の設備とホスピタリティはいちばん進んでいました。
ていうか、こんなことに感激するのも浦島太郎現象なんでしょうか?



母船の様子-2-
母船の後甲板とアッパーデッキの様子をここで紹介しておきましょう。

マンティリの後甲板はあまり広くありません。8畳ぐらいでしょうか?
ぶら下がっているバナナは、マーレを出航するとき吊るしたもので、最初は緑色ですが、下のほうから熟して黄色くなってくるので、おやつがわりに自由に食べていいことになっています。
皮は魚のエサになるので、海に捨ててもOKです。

船尾はステップになっていて、水面まで降りられるようになっています。

ギャレーの出入り口の前には、2層式洗濯機があり、ダイビング終了のたびに配られるバスタオルをここで洗っていました。

見てると、洗剤は使わず柔軟剤だけ入れて、2~3分回してすぐ脱水でした。
意外にアバウト。でも、洗剤は海を汚しますよね。
で、あとはアッパーデッキで干して、おしまい。
日差しが強いので、20分もすれば乾いてしまいます。
だから、毎回、ふんわりいい香りのタオルを出せるんですね。



アッパーデッキにはデッキチェアがあり、昼は日焼け、夜はビール片手に夕涼みができます。

右の画像ではためいているのが例のタオルです。

左の画像は、船尾側から船首の操舵室を見たところです。

母船のスタッフには部屋がないようで、夜は操舵室やアッパーデッキで適当に寝ていました。

つづく

4/30_1 キャビン。南マーレで2本、お昼ごはん

キャビンについて
起床は4:00。早っ!
外はまだ真っ暗です。
でも、日本時間なら8:00で完全に寝坊の時刻。時差ボケが直りません。

客室は、ダブルベッドが部屋を占領してますが、着替えを入れておく棚もあるし、スーツケースを広げておけるスペースもあるので、狭さは感じません。
シャワーはいつでも真水の熱いお湯がでるし、トイレも勢いよく流れてくれます。

客室はダイニングの真下になります。
同じフロアの船尾はエンジンルームと倉庫で、発電機、海水濾過装置、ボイラーもそこにあります。

客室は全部で6室。ゲストの定員は12名です。
わたしたちが泊まった3号室は船首に一番近かったので、他の部屋より少し狭かったけれど、エンジン音がほとんど届かず、かえって快適でした。

さて、客室からダイニングに上がってくると、ソファでヒゲのジョンが寝てます。
彼らは、1人1部屋だから、相部屋の相手のいびきが気になるわけでもなし、なぜこんなところで寝てるんでしょう?
アメリカとの時差は+10時間前後だから今の体内時計は18:00のはずで、目が冴えて困るというのならわかるんですが・・・

起こさぬようにそっとダイニングを出ると、ギャレイ側の壁に掛けてある海図に、きのうの航路が書き込まれていました。

紅茶を入れ、タバコを吸いにそっと後甲板に移動します。
船内禁煙なので、アッパーデッキか船尾でしか吸えません。
ワッチ役のスタッフがひとりだけ起きていて、暇そうにしていました。




おめざはコーンフレーク
5:30頃から空が白み始め、きれいな朝焼けになりました。
日の出は6:00過ぎのようです。水平線に雲がかかっていたので、水平線から太陽が顔を出す瞬間は見れませんでした。

6:00になると、ステュワードのAliがテーブルに食器を並べ、「おめざ」のコーンフレークをセットしてくれました。

1本目のブリーフィングは6:30と言われていたので、みんな次々に起きだしてきました。

1本目(#3):カンドゥマ・ティラ(南マーレ)
カンドゥマ・ティラビヤドゥ・カンドゥ(カンドゥはチャネルのこと)に位置するティラ(深めの隠れ根)です。グーライドゥ・コーナーと人気を二分する回遊魚やトビエイの宝庫です。

東西約300mの長さで、トップは-16~-18m、西側はジャック・コーナーと呼ばれ、-23mにケーブ、その外に小さな根が点在しています。

ホワイトチップ、グレイリーフシャーク、イソマグロ、ロウニンアジ、ギンガメアジ、バラクーダ、マダラトビエイが、次から次へとレッジ(リーフからドロップオフに落ち込む棚の部分)沿いに通過していきます。













ティラの南西側からエントリー、チャネルの外へ向かうアウト・カレントがあります。
流れを横切る形でジャック・コーナーにとりつき、リーフを右に見て時計回りにコースをとります。
約半周してからリーフに上がり、42分から浮上開始、ドリフトしながら5mで5分安全停止をして、
外洋でドーニに拾ってもらいました。

<ログ>En:6:52、EX:7:41。Max D.25.4m、透明度15m、風向:西南西、水温30℃、カレント:中、W→E。

朝食
わたしたちが1本目を潜っている間に、小さなディンギーでクルーが釣りに行っていたようです。
オオカマスが2匹あがっていました。

たぶん、昼食か夕食のおかずにするんでしょう。




急いでシャワーを浴びて戻ると、すぐに朝ごはんです。
乗船して最初の朝食なので、ちょっとワクワクしながら席に着きました。
何となくみんなの席が決まってしまい、自然に昨夜と同じ席につきます。

テーブルには、塩・胡椒のほか、醤油、わさび、ケチャップ、チリソース、チョコレート・ペーストとピーナツ・バターがでていました。
このチョコ・ペーストが甘すぎず、すっかり気に入ってしまいました。


パンは自家製でフワフワだし、果物がジューシーでとても甘い!
シェフは西洋料理にもモルディブ料理にも長けているようです。
観光の国とはいっても、リゾートでのコック経験者をマーレで探すのは大変らしく、スリランカやインドまで探しに行くこともあると聞きました。

メニュー
マンゴー・ジュース、トースト、フレンチ・トースト、フライド・エッグ、ソーセージ、スパム、洋梨の缶詰、オレンジ、パパイヤ




2本目(#4):ロスフシ・コーナー→メドゥ・ファル(南マーレ)
このあたりは、南マーレでも好ポイントが集中しているエリアなので、母船はグーライドゥに停泊したままです。

ロスフシは、グーライドゥ・カンドゥ(チャネル)の北側の島です。
このカンドゥの真ん中にメドゥ・ファル(ファルは砂州のこと)があり、外洋から見ると2つの水路に分かれているように見えます。
このチャネルの南側コーナーがグーライドゥ・コーナーです。

ロスフシ・コーナーは魚影の濃いポイントで、クマザサハナムロやタカサゴの群れや、ナポレオン、グレイリーフシャーク、巨大ウツボが定着しています。
雨期はマンタも見られます。

メドゥ・ファルは南側リーフのソフトコーラルが有名で、人懐っこいナポレオン(過去餌付けされていたので、ゆで卵が大好物。白っぽい握りこぶし大のものを見ると噛み付きに来るので、注意が必要)や、チャネルを通過するバラクーダやイソマグロが見られるポイントです。

今回は、ロスフシの東レッジでエントリーして、コーナーで曲がらず真っ直ぐ南下し、メドゥ・ファルまで移動するルートでした。
メドゥ・ファルの向こう側のコーナーまで行く途中でアウトカレントになってきたので、浅場で引き返しました。

途中、ガイドのMujeyがムチヤギについているエビ(Hidden Sea Whip Shrimp)を見つけてくれたのですが、米人4人はまったく興味を示しません。
彼らは、マクロ系には興味ないようです。この時点で、Mujeyは小物に見切りをつけたようです。

<ログ>En:10:17、Ex:11:10。Max D. 31.2m、透明度18~20m、風向:西南西、水温30℃、カレント:穏、後半W→E。

昼食
母船は、グーライドゥのハウス・リーフを出て、チャネルでドーニの帰りを待っていました。

部屋でシャワーを浴び、ダイニングに戻ってから少し待ち、12:00ちょうどからお昼ごはんでした。

ランチのデザートに、必ずアイスクリームが出ます。この日は、チョコレート味でした。

メニュー

ビーフ・コンソメ、ナシゴレン、ケチャップ味のミー・ゴレン、白身魚のガーリックバター・ソティー、紫玉ねぎとポテトのジャーマン・ポテト風、レタスの千切り、インゲン、チョコレート・アイスクリーム

フェリドゥへ移動開始
母船はラグーンの内側にいるので、波も穏やかです。昼食を食べている間に移動を始めました。
30分ほどで南マーレ・アトール(環礁)南端に達し、フェリドゥ・アトールとの間の海峡を越えていきます。
ラグーンの外はちょっと波があるけど、昨日ほどではありません。

南マーレ・アトールフェリドゥ・アトールは、フェリドゥー・カンドゥをはさんで約14km離れています。
母船のスピードなら30分程度で、渡ることができます。

つづく

2007/04/29

4.29_3 マンタポイント、昼食、クダギリ・レック、おやつ、夕食

1本目(#1):マンタポイント(ランカンフィノール)(北マーレ)
集合時刻より5分早く10:25には全員が集合し、ダイビング・スタイルについてのブリーフィングが始まりました。
エントリーから、潜降方法(フリー潜降で水中集合)、潜水時間(最大60分)、最大深度(30m)、安全停止(5m3分、ガイドがバルーンを打ち上げる)、エキジットまでの一通りの手順と、ローカル・ルール(ダイコン携帯、バルーン携帯、着底禁止)について説明がありました。
ドーニに予備の器材を最低1セット用意しておくこと、ダイビング・フラッグ(国際A旗)を掲げておくこと、などレクリエーショナル・ダイビングについて法律で定められている内容も含まれていました。

>モルディブのダイビング規則(観光省制定、英語翻訳版)を詳しくご覧になりたい方はこちら
Maldives Recreational Diving Regulation 2003 Ministry of Tourism, Republic of Maldives
モルディブ共和国観光省 「モルディブ レクリエーショナル ダイビング法規 2003年制定」
http://www.tourism.gov.mv/downloads/Maldives%20Recreational%20Diving%20Regulation.pdf

>上記の日本語対訳版をアップロードしているサイト(SDML;Scuba Diving Mailing List)はこちら
http://sdml.cup.com/

本当はグローブ禁止だけど、流れのあるところで大物待ちすることもあるので、サンゴを折らないように気をつければ、グローブつけても構わないという説明もありました。
でも、潜ってみたらアメリカ人4人を含め、誰もグローブしてませんでした。

次に、これから潜るランカン・マンタ・ポイントについての説明です。
チェック・ダイビングとは言え特にスキル・チェックはしない、逆にみなさんに慣れてもらうためのファースト・ダイブだ、と言われました。

ガイドのMujeyが、ホワイトボードにポイントの地形を書いて説明してくれます。
最後に、クリーニング・ステーション付近では姿勢を低く保ち、マンタを追わないようにという注意を受けました。

そして、Mujeyの「Let's go!」の合図で、母船に横付けされたドーニに移り、準備を始めます。

タンクにレギとBCがすでにセットしてあり、他の器材はベンチの足元のコンテナに入れてありました。
目の前のポイントまで移動する間に器材をチェックし、装着が終わると手順どおりにエントリーします。

ゆるやかなカレントに乗りながら各自潜降し、全員が集合してまもなくクリーニング・ステーションに到着。
先着していたパーティを避けて上流側で待っていると、すぐに中型のマンタが1枚現れました。

(潜降開始後)15分頃、20人ほどのダイバーのグループが現れ、水中は大混雑に。
すかさず、Mujeyが彼らに場所を譲るためにわたしたちのポジションを下げます。

ガイドのひとりが、低い姿勢を保つよう盛んに指示を出しているのですが、カメラを構えた何人かがマンタに寄ってしまったので、身を翻して逃げるように行ってしまいました。
20分過ぎに別の1枚が来たものの、これも2~3周してすぐに行ってしまいました。

時間がたつにつれ30人ほどのダイバーがごっちゃになってしまい、水中はガイドが出すタンクを叩く音や鈴の音が入り乱れるようになってしまいました。

収拾がつかなくなり始めた30分頃、わたしたちは他のグループより早くドリフトに移りました。
後から来たダイバーにポジションを譲る時もそうでしたが、ダイバーが入り乱れる中でMujeyのシグナルにすぐ反応して行動に移れるこのメンバーはレベルが高いな、と感じました。

北から南へリーフに沿って流れるカレントに乗り、大きなオーバーハングがある場所を越えると流れがおさまります。
徐々に浅場に移動しながらリーフ・フィッシュを眺めます。ランカンフィノールのリーフはウミガメに遭遇するチャンスが多く、アメリカ人は見たようですが、わたしたちは見損なってしまいました。

<ログ>
En:10:59、Ex:12:00。最大深度18.2m、透明度15m、風向:南西、水温29℃。カレント:中、N→S。タンク Al 12ℓ。

昼食
ダイビングを終え、母船に戻るとランチの準備が整っています。
シャワーを浴び、乾いたものに着替え、テーブルに全員が揃った12:30頃から昼食が始まりました。
テーブルに大皿が並び、みんなで順繰りに皿を回して、自分の皿に好きなだけ取り分けるスタイルです。

ミネラル・ウォーターは無料なので、各自部屋のミニ・バー(ただの小型冷蔵庫)から持ってきて、テーブルに置きっ放しにしてみんなでシェアしました。

メニュー
クリーム・スープ(マッシュルームとセロリ)、スパゲティ・トマトソース、白身魚のフライ、ポテト・シューストリング、きゅうりのドレッシング和え、インゲンの炒めもの、マンゴー・ジュース、ストロベリー・アイスクリーム


南マーレへ移動
昼食中にドーニはいち早く母船を離れていきました。
昼食の片付けが終わる13:00過ぎには母船も移動を開始、南マーレ・アトールをめざします。

南マーレ・アトールにはいりエンブドゥ・ヴィレッジ付近で、船足の遅いドーニに追いつきました。
ディグフィノール(アナンタラ)を回り込んで、ボドゥフラ(ヴェリガンドゥ)に投錨、追い越したドーニの到着を待ちます。

2本目(#2):クダギリ・レック(南マーレ)
15:00にブリーフィング開始。
南西斜面に沈船がある小さなリーフを1周するコース。
沈船の舳先付近にオオモンイザリウオやウミウシがいるという説明でした。

エントリーは沈船とは逆サイドのリーフ北側から。
時計回りにリーフを回ります。
Mujeyは、イザリウオを探すでもなく、沈船の甲板を1周してリーフに戻ってしまいました。
終盤近く、イソマグロとマンタに遭遇しました。














<ログ>
En:15:25、Ex:16:22、最大深度27m、透明度15m、風向:南西、水温30℃。カレント:無

おやつ、移動、ディナー、米人ゲストの顔ぶれ
16:45近くに母船に戻り、シャワーを浴び着替えてダイニングに上がると、揚げパン(サーターアンダギーみたいなもの)とコーヒー・紅茶が用意してありました。
おやつは日替わりメニューで毎日続きました。

船はさらに南下し、豊かな歴史を持つローカル・アイランド、グーライドゥに移動します。

グーライ(Gurai)は、オウムの意味です。
複雑な形を持つリーフに囲まれた島で、風を避けやすいので、現在はサファリの格好の停泊地になっています。
この島は、かつてサルタンの休息場で、追放されたサルタンが居住したこともある島です。
第65代サルタンのハッサン・ファームラデリ・キラゲファヌ(1609-1620)が埋葬されています。
1971年にゲストハウスがオープンしましたが、島民への西洋文化の影響が問題になり、1984年にクローズしました。
今では、近隣のリゾートからの観光客を受け入れる島になっています。

グーライドゥに向かう途中、1時間ほど激しい嵐があったそうですが、寝ていて気づきませんでした。

日暮れ前にグーライドゥに到着、夜は移動せず、風や波を避けてリーフに停泊します。
ディナーは19:00にスタートしました。
味はかなり本格的です。特にカレーは、モルディブ独特の味でわたしたち夫婦の大好物です。
テーブルには白ワインが用意されています。このワインは無料、でもみんな遠慮して1本空けただけでした。

アメリカ人ゲストの顔ぶれは、
小柄でトム・ハンクス似のマイケル(ジョンソン&ジョンソンにお勤め)、
建築関係の仕事をしているメガネのジョン、
政府関係の仕事についている口ひげが立派なジョセフ(ニックネームはジョン)、
最年長で太っちょのジョン、
と4人中3人がジョンなので、呼ぶとき困ります。

マイケルは1,500本って言ってたけど、他の人達も同じくらいでしょう。
住んでるところも仕事もバラバラだけど、年に1回、一緒に潜ってるそうです。

4人ともアグレッサー(クルーズ・ボート)のTシャツを着ていたので質問してみたら、
お気に入りの船だそうで、これまでもガラパゴス、フィジー、パラオ、ヤップで乗船しているそうです。

アグレッサーは、アルコールも全て無料だし、シーツも毎日替えてくれるし、タオルは使い放題で、ホスピタリティが素晴らしい!
とベタ褒めでした。
でも、マンティリ以上に値段が高いんだよなあ。
それでも、話を聞いて一度利用してみたくなりました。

ちなみに、マンティリではタオルは1日1回、シーツは1日おきの交換でした。
これは、他のサファリ・ボートに比べるとかなり頻度が高いといえます。

ゲストはわたしたち夫婦を入れて6人。女性はアケちゃん(嫁)だけ。平均年齢50歳前後!
ぜんぜん、盛り上がりません。
結局、船を下りるまで、サファリ・ボートでよくある演出の誕生日やキリ番本数のお祝いも、ビーチ・バーベキューも、ローカル・ダンス大会も、凝ったベッド・メイキングも、その他イベントらしきものは何もない、まったり航海でした。

メニュー
フィッシュ・カレー、ライス、白身魚のソテー、タイ風ロースト・チキン、ブロッコリー、レタス、フレンチ・フライ、プリン

21:00過ぎには眠気に勝てずベッドにダウン。日本時間の1:00ですもん、無理もありません。

4/30につづく

4/29_2 船上生活の始まりだあ(船内の説明)

モルディブのサファリ・ボートの造りは、おおむね似ています。
たいてい3階建てで、メインのフロアにダイニングとソファのスペース、ギャレー(キッチン)やバーがあり、下のフロアに客室(エンジン・ルームも同じ階にあります)、アッパー・フロアがブリッジとデッキになっています。

マンティリ号のメイン・フロアは前後に3つに仕切られていて、中央の一番広いスペースがメイン・ダイニングです。
6人掛けのダイニング・テーブルが2つと、ソファ2セットが置かれています。

客室は寝るかシャワーを浴びるときしか行かないので、1日のうちのほとんどをここで過ごしていました。




部屋中央の柱は棚になっていて、ゲストが置いていった本や雑誌、図鑑などが並んでいます。

船主側のドアを開けると廊下があり、向かい合わせに部屋があります。
客室として使える設計のようですが、わたしたちが乗船したときはダイビング・スタッフが寝泊りしていました。





船尾側は、左舷にギャレー(台所)があり、右舷にソファーが置いてあるスペースがあります。
ここは主に、クルーたちが使っていました。

画像の奥に見える明るい部分が後方デッキに出る扉です。
ギャレー側の壁には海図がかかっていて、それまでのクルーズの航路を毎日書き足してくれます。




インスタント・コーヒー(スティックタイプのネスカフェ)、ミロ、紅茶(ティーバッグ)とお湯のサーバーが常備されていて、セルフ・サービスで24時間いつでも好きな時に飲めます。

フリードリンク用のカップ、ソーサー、スプーンは、揺れても崩れないように木枠の中に重ねられています。





メイン・ダイニングの隅にカメラ用の棚がしつらえてあります。
110Vと220V両方の電圧のコンセント(BFタイプ)がたくさん並んでいて、マルチプラグもいくつか刺さっていました。
日本からわざわざ持っていく必要はありませんでした。

カメラ、ハウジング、バッテリー・チャージャーは滞在中ここに置きっぱなしにしていました。




乗船してまず通されたのが、このメイン・ダイニングのソファー。
まずウエルカム・ドリンク(マンゴー・ジュース)と冷たいおしぼりで迎えてもらいました。

続いて2枚の書類が配られ、必要事項を記入してチェック・インしました。
2枚とも日本語で表記されていたので漢字で記入したら、ガイド兼チーフのMujeyに、読めないからアルファベットで書いてくれと頼まれてしまいました。




白い方は基本的な個人情報。
到着日・出発日やパスポート情報、現住所、緊急連絡先等を記入します。

黄色い方はダイビングに関する免責書類です。
Cカードのランク、カード・ナンバー、ログ本数、最後に潜った日、健康状態などを記入して、ログブックと一緒に提出します。
Cカードを見せろとは言われませんでした。

書類を提出すると、次に、ボートの設備、ライフジャケットの置き場所、ボート上でのおおまかな生活スケジュールについて順番に説明がありました。

続いて部屋割りです。順番に名前を呼ばれて部屋の鍵を受け取ります。
次の集合は10:30、ダイビングのブリーフィングのあとドーニに乗って器材のセッティングという案内があり、いったん解散します。

ドーニに積んであった荷物は、説明の間にスタッフがダイニングに運び込んでくれていました。
ダイビング器材をドーニに戻すため、バッグから出すように指示されました。
すると、スタッフが器材をドーニに移してくれます。

スーツケースや空のダイビング・バッグは、別のスタッフが階下の客室まで運んでくれます。
重い物は全部スタッフが上げ下げしてくれました。

さっそく部屋で荷物を解き、棚に着替えやタオルをしまい、水着に着替えてダイニングに戻りました。

つづく

4/29_1 ホテルを出て、マンティリ号乗船











目が覚めてカーテンを開けると、日の出直前でした。
時刻は6:10過ぎ。

ベランダから街並みを眺めていると、制服姿の生徒が続々歩き過ぎていくようになりました。
時刻は7時前。マーレは朝が早いです。
チャドル(ベール)をつけている人もいない人もいます。



7:30になったので、朝食のクーポンを握り締めて2階のレストランに下りようとするとエレベーターの表示にゼロの文字が…??

やってきたエレベーターに乗り込むと、今度はボタンのいちばん下にGの文字が。

イギリス式なので、1階はグランド・フロアでゼロ、2階がファースト・フロアで1の表示だと納得。

泊まった部屋は803号室で、エレベーターも8の表示で降りたので、昨晩は最上階(9階)に泊まっていたことに気づかなかったのです。

レストランは貸し切り状態でした。
食事はコンチネンタル・ブッフェです。

ディベヒ語(モルディブの言葉)でウエイターに
「キヒネッタ!カレ・ゲ・ナマキ・コバ・ヘ?」(こんにちは、あなたの名前は?)
と聞くと、困ったようなあいまいな笑顔…またまた???
英語で聞きなおしたら、バングラデシュからの出稼ぎですって。
どおりで、昨夜の機内もバングラデシュ人が多かったんだ、と、またひとつ納得。

食事を終え、部屋に戻りましたが、まだ少し時間があったので、エレベーターホールの窓から外の風景を撮影。



初めてモルディブに来た頃(1990年)のマーレの街並みは平屋か2階建てで、ビルといえば大統領官邸・警察署・病院ぐらいしかありませんでした。
だから、街のどこにいてもフライデー・モスクの金色に光る丸屋根が見えて、道に迷う心配がなかったんですが、今は7~8階建てのビルが林立しています。


左の画像は、セントラル・ホテルの9階から西を眺めたもの。
右の画像は、同じく東を眺めたところ。国立競技場の照明と、その手前に建築中のビルが見えます。

8:15になったので、荷物を下ろしてもらうようポーターを頼みました。
昨夜両替したRfが役立つかと思いましたが、ホテルの従業員はUS$1の方が嬉しいとのこと。
Rf10だと、$0.78だからでしょうか?

ロビーにはイタリア人が4人。彼らはどこで見かけても賑やかです。
挨拶したら、「これから帰国するのか?」と聞かれたので、「これからサファリ・ボートに乗る」と答えました。

タバコを吸いに表に出ると、人待ち顔のモルディブ人が。
目が合ったら、”Are you Mr.Okada-San?" と聞いてきます。
ミスターつけたら、さんはいらないよ、と思いながら、
「いえ、オトさんです」と答えると、持っていた書類を確かめて、
「あなたを待っていました。日本人の名前はわかりにくい」と言われました。
昨夜とは違うガイドが迎えに来ていたのでした。

と、その時、鮮やかな赤のミニスカートのツーピースにサングラス姿の超美形モル人女性が
目の前を通り過ぎました。
思わず、しばし2人で見とれてしまいました。(写真撮りたかったなあ)

洋服を着ているモル人女性を初めて見た瞬間でした。やっぱり、モルも随分変わってきてます。

気を取り直し、チェックアウトを済ませ、荷物をホテルのタウンエースに積み込み、ジェティに移動。
ガイドは後ろからバイクでついてきます。

ジェティに着くと、ガイドは携帯電話でどこかに連絡。しばらくすると、ダイビング用のドーニがやってきました。
ガイドに別れを告げ、ドーニに乗ると、ダイビング・ガイドのMujeyが迎えてくれました。
これからフルレに寄って、アメリカ人ゲスト4人をピックアップしてから、母船に行くとのこと。
彼らはフルレホテルに滞在していたようです。

マンティリ号に乗船したのは、9:00ちょっと前。
ドーニに乗り込むときも、ドーニから母船に移るときも、
荷物は全部スタッフが運んでくれます。

まずは、ソファに案内され、
ウエルカム・ドリンクといい香りのするおしぼりでお出迎えでした。

つづく